『イラクサ』アリス・マンロー 小竹 由美子 訳

カナダの作家2連続体験はレアだなあ。以前読んだ『善き女の愛』が、あんまりにも巧かったんでとっておき。とっておきも2連続。好きな物は先に食べる派。

初見違わず超巧いんだけど、読者の経験をすくい上げてのめり込ませるテクニックじゃなくて、少し遠い世界というか。遠いっていったって、劇的ってことじゃなくて、読者の私ではない誰かの日常をリアルにのぞいてる気分にさせる。
解き切れない、ほどききれない世界。つかみ損ねる文章は、読者の私には無いっていうだけのものとしか思えなくて、誰かにはそこにあるのが完璧な気がする。
珍しい分量っていうか、なんか変な長さなの。ノヴェラっていうのか短編にしては長くて、キリのいいところで終わらない。扱う事件も中途半端な少ーし長い時間。短編ぽい切り口では読まない展開になる。

共同体への愛や、家族への愛そんなものよりももっと極小の自分という主体の話。
宗教や思想や年代といったいろんな共同体、家族や仕事の上での役割、そういうものからはみ出した、いやそういうものに所属していながらもなおも存在する私。私がいるなんて当たり前だけど、大きなものに飲み込まれたり書き換えられたり、反発しながらもけれどそれらが必要な私。境界を行きつ戻りつしている何かこそ私。変な長さなのは、私的な時間だからなんだろうなあ。

私の過去なのに、今ここに生きている私とは別の人のようで、だからこその救いもあるんだけど、加えて生きてるからにはその過去を共有してる他の人もいるこの複雑な反響。
表題のイラクサは、現実に生きてたらあまりにも短い時間とあいまいさで言葉になる前に忘れそうな瞬間の移ろい見られてすごく面白かったです。よくある答の罠に陥らない注意深い進み方する。すげえなあ。つかみきれないっていうのが魅力。