『宿命の子』高山 文彦

ファンタジーじゃないよ。サブタイトル「笹川一族の神話」。だけども、下手なファンタジー読むよりも、大事件起き過ぎで知らないことばっかで最早ファンタジー

競艇ギャンブル事業と右翼のドン笹川良一とその息子の笹川陽平のルポ。一族の神話っていう親子関係ドロドロを期待して前提知識ゼロで読みました。そもそも、笹川一族批難キャンペーンを私読んだことないんですよ。世代的に。だから、その後も知らない。そんな人がいたのも知らない。
戦前の議会と右翼や愛国の雰囲気、東京大空襲東京裁判天皇制と軍部、巣鴨プリズン出所者への差別と支援、戦後…から今も続くハンセン氏病撲滅運動。と、親子の、争いではない、なんだろう読んでみてとしか言いようがない親子関係。

右翼も左翼も、単純じゃないなっていう。右翼もアレだけど左翼もアレってな雰囲気で敬して遠ざけて知識自体が無いんですが、戦前の翼賛選挙(推薦者しか当選させない)を議会制度への冒涜だからやめろっていう決議を鳩山一郎とか巻き込んでやってたりしたのは右翼政党やってた笹川良一天皇と国(民衆/国体)や民衆なんかが信念とか魂とかの中核に持った人たちで、無い人間にはわからない世界観。その世界観がある人間が、そういうレイヤーである世界を動かせるんだなあと…。

現実について知らないこと多過ぎて、ハンセン氏病とその差別撲滅の国連決議が2008年だってことも全然知りませんでした。そしてそれに笹川良一、陽平親子で生涯賭して世界的に実績のちゃんとある運動していたことも。ポリオの撲滅貢献で国連に医者でも科学者でも政治家でもない日本人の胸像あるって、知ってる人ほぼいないんじゃないだろうか。というか世界からポリオ撲滅させた金出してたのが日本人の個人だって。
ハンセン氏病の関連書籍の一面もあるくらい、情報充実しています。

清濁の極み、人間の最悪と至高のアップダウンで、すごい本ではある。
巣鴨プリズンに収監中、連合国側の戦争犯罪を追求することを目的とする中、消沈する受刑者たちにはエロ小説、正妻には事務連絡子を産ませた愛人と唯一の息子達は最低限の処遇しかし最愛の若い愛人にはのろけた手紙…人間の多面に目がくらむ。
何も知らないといえば、A級戦犯、B級、C級が種別わけであって、別にAが一番悪いってことじゃないってのも、知りませんでした。知らないよこれは。

決して提灯本ということではなく、内容は充実しているんだけど、著者に目隠し当てながら疾走させられるような感はある。論点がきっとたくさんあるだろうっていうトピックだらけで、一人の人物側から書かれているってことなんで、欠点ではないです。
「正月は死出の旅路の一里塚めでたくもありめでたくもなし」を自作と言ってるけど、それは一休の句がベースだと明らかにわかるんで、読者としては、この句についての著者印象の深刻な死への恐怖は感じず、中高年が正月やりがちなシャレっ気を感じて在獄中にそれ書くおおらかさのほうに印象が強められたりとか、事実について私の感性と著者感想が合わないことはありました。

本当に知らない事実の固まりなんですね。賭博にして競艇事業認可の時期って、スペイン発祥のなんかマイナーな競技まで検討に上がってたくらい賭博法案が立ちまくってた雰囲気とか、それがなんでかはまた別の本なんでしょうが。
昭和史。
今、post truthの世界と言われていますけれど、知られない事実と何が違うのか。知らないことは、なかったこと、ファンタジーと変わらない。

並行して、『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』佐野眞一を読んでたんですけど、共通して出てくる名前が時々あるんですね。新興宗教多々とか。昭和ルポ読むとたまに全然関係ない文脈で出てくるんで、戦後を代表する文化。
両方の本に曽野綾子が、善悪(のように見える)両面で出てきたことが印象的でした。競艇の財団の長としての腐敗を追放した有能且つ善行、そして沖縄の集団自決はなかったよコメントして論争。自身は何も変わってない。人間ってなんだろうね。わからないね。
『沖縄〜』のほうに笹川良一、笹川 堯の名前が出てきたりして、おっと思ってました。同時代ですほんと。

著者別の本の『エレクトラ』ももう一回読もうかなあ。その前に中上健次もう少し読んでからかなあ。北条民雄の生涯も読みたい。