『雲は答えなかった 高級官僚 その生と死』是枝 裕和

一人の官僚が携わった仕事、法や訴訟を通しての戦後の福祉史、水俣病の社会史を描き、一人の人間の個人的な生活史を描き…
著者自ら語る通り、ドキュメンタリーを通して著作者の自己表現でもあり、二重三重にも意味が重なった重層で複雑であることを肯定した本。とても面白いです。3度目の復刊だそうで、まえがきや、3つに増えたあとがきも添えて、事象を簡単な形に整理せずに伝えようという気概。人間一人だけでもこんなに複雑なのに社会となれば。

重層の広がりと様々な相克で本当にやりきれない気持ちになるのだけれど、一人の生の始まりから終わりまでという区切りで、まとまりはものすごくいい本。何にもまして絶対の終わりの死。断片的な感想が次々に浮かんでは、打ち消し合って消えていくような読後。
ドキュメンタリーの情報量って意味では、戦後の福祉や環境問題保障がコンパクトに歴史がまとまっててとてわかり易い、でも、被害者を社会状況を描きそれらに対して意味を与える著者、そこに実際携わった官僚の人生も描く著者、複雑。

次に撮影した『もう一つの教育伊那小学校春組の記録』も、「牛を育てて、種付けをして、乳搾りをしたい」という非常に前向きないい話を撮ろうと思って通っていたのに、死産しちゃったんです。でも母牛からは乳が出る。それで子どもたちは仔牛の葬式をして、わんわん泣いて、でも母牛の乳を絞らないとたいへんだから、乳を絞る。「悲しいけれど、牛乳は美味い」という複雑な状況になってしまった。でもその状況に置かれたとき、確実に子どもは成長していた。顔つきもそうだし、書く作文や詩も豊かになっていった。
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