私は毒舌なんだそうです。

「えーまじかよー」って茶化したあとに「おまえ、自覚ないとやばいよ」ってマジ顔で言われてまじ堪えました。(しかも、別の場所で、違う時に、3人それぞれから)

毒舌か・・・自分は、毒舌キャラ、キレキャラというのが、超嫌いなのです。
なぜならそれはすごく難しいから。
完成の極みに達した時には、被虐の笑いを受け、且つ、自然と抑制しつつも自己主張も行えるという超人になれそうな気がするんですが、そんな人見たことありません。完全なものからの欠落であるから、笑える。元から不完全なものを笑うような根性は腐ってる。そこに笑いは発生しないはずなのに、笑いが生まれてるってのは世が病んでるからじゃよ。(無責任な発言)
でも、毒舌という指摘は、私の立ち位置が、不完全なものをあげつらうという、卑怯な位置にいるよということですね。企業とか、完全であることを期待されてるような大きな集団をネタにするのならいいかな〜と線引きはしてるんですけど、肝に銘じておきます。

で、キレキャラが嫌いなのは、腹を見せてるから。こうやって文章を不特定多数に向けて書いたり、何かを主張したりすることは、広義の「パフォーマンス」に含まれると思います。
これは好みの話なので、一般化できませんけど、怒るというパフォーマンスを重大なものとして考えています。怒るという表現は、他の喜哀楽と違って、自覚がないときに自分から外に出て行っちゃう部分が大きい。そして外に影響を与えたいという運動になり易い。喜びを共有させることはとても難しいけど、怒りで不快にさせるのは誰にでも出来る。うまくコントロールするのは難しい。怒ってるんだから、少々度が過ぎてノーコンでも許してね、っていうのはパフォーマンスとしては最低の部類に入ると思います。パフォーマンスしているよーっていう主体が自分にないもんね。つまり、底をさらして、腹を見せてるわけですよ。ダメですよキレキャラは。

↑こういうのって、演じてますよーっていうところを外した場ならいいと思うんだけど(電話で友達と愚痴るとか、それこそ腹蔵ないオフレコな場でなら)、そうじゃないならよしといたほうがいいですね。つーか普段でも、怒りっぽい人ってのを私は嫌いなので、キャラでも好きじゃないなぁ。
今のところ、私はキレキャラではなさそう(だといいなぁ・・・)なんで、もうちょいちょい軌道を図ってみます。