『さぶ』山本 周五郎

ゲイ雑誌のタイトルとしてしか知らないので、そういう本かと思ってたら全然そうじゃないぞ! 人情話だ! 頭の回転の速い顔のイイ男とちょっとトロいけど気のやさしい男、山あり谷あり成長物語の大衆小説。読者の期待と心を翻弄しまくりの熟練の手管で小説っていいなってなってました。

 

菊池寛の恩讐のかなたに、が好きとかいう度し難い好みがあるんですが、そういう何もかも昇華されるような結末のカタルシスがある。問答無用の恩寵がある。若いと納得いかなかったと思うけど、今は諦めの境地とともに、いいよなあって思う。

山本周五郎、殿として育てられた女の子が女官とイヤーンなことになる短編とか読んで、あ、俗っぽいのっていいんだこういう表紙の本で、って子供の時に読んで以来でした。

『監獄の誕生―監視と処罰』 ミシェル・フーコー  田村俶訳

難しそうなやつ! 大学のときサボって読まなかった本で、でも、今読まないと一生読まない気がするし…。読んだらすごく面白かったです。 人間を計量する歴史。時間を、能力を。それは教育だし、テストの発明だし。罰を与えることができる対象に狂人がいないっていうのは、計量可能な生産性にこそ罰が与えられるってこと。

肉体を痛めつけなくても監獄へ収監する年月が罰になるんだし、監獄が人間の肉体の改造にとどまらず改造するのは精神だってことになって、つまり精神や自我の発見された時代だっていう。学問する分には別にテストとか必要なわけじゃないんだよな。わかったとかわからないとか測らなくていい。でも、教育っていう制度になったときに人間が十分に変化したことを計量するためのテストが発明されるんだし、法律ってものが違反の発見でありあらかじめ失敗の組み込まれた装置であるとか、なんかぶわーっとつながってて面白かったです。

 

つまり読み終わった後は、グチャーっとなってしまって、なんかすごかったという読書体験の感想しか残ってないのでした。やっぱね、学生時代に読むって大事なんですね。

『覗くモーテル 観察日誌』 ゲイ・タリーズ  白石朗訳

モーテルで30年覗きをしてた男と著者の、始まりからモーテルが取り壊される終わりまでの交流のノンフィクション、という本当にあったことは間違いないのだけれど、話者が語る出来事の騙りと、著者による話者を題材にしたノンフィクションという外側から包む視点、そして書籍として成立させるための構成とで、真実とかそのへんは読者に委ねられているので、誰かの夢の話に出てくる人の人となりを聞くような二重の夢のような距離感がある。話題がセックスと覗きっていう犯罪なこともあってまず飽きないのと、30年間のアメリカ史(ベトナム戦争で下半身不随になった夫とのセックス、異人種のカップルのセックス…)を抽出されたエロいエピソードで読ませてくれるので読書後の情報量と情緒の満足度がすごい。

『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語』田中 靖浩

数字は苦手だけど、読み物なら… 経済学の発展の歴史をエポックなエピソードをつなげて教科書的に上手に編集してくれるので面白い。面白い物語。身内同士だからこういう帳簿だったとか、鉄道ができたことで長く使うもののための費目を扱う経理になったとか、移民といっしょに会計技術がアメリカに渡るとか…えっ、違ったっけ? 結構前に読んだので忘れてる! でももう一回読んでもいい面白かった。

『パンダの死体はよみがえる 』 遠藤 秀紀

これだよ…グッっとくる博士の狂気の情熱。解剖や保存という動物の死体の科学者が遺体科学の意義や成果についてわかりやすく解説してくれるんですが、表現がいちいちとっても文学的、詩的なので、世界観がすごくいい。パンダの手首には第6本目の疑似指があってそこが指みたいな働きするから笹を掴めるっていう話は、この方がパンダを解剖して構造を明らかにしたことで否定されたとか、科学豆知識が単純に面白い上に、パーソナリティが情熱的なので超面白いです。

『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』先崎 学

文章が上手。でも、おそらく最盛期ではないんでしょう。でも上手。十分以上に。それでも…

うつ病の特徴に単純に頭が悪くなる(記憶力の低下、判断力の低下…)っていう症状があるので、頭脳がプライドもアイデンティティも全ての根幹にあるだろう棋士が罹患するのは、本当に、本当に……どんどん辛くなる。肉体の病なんだよなあ。脳も臓器だし。

病や老いで違う生き方を強いられたときに、生き続けるには。

この方は、目指す回復の地点が元の立ち位置に近いものであるけど、だってそれは人生の全てがそこにあったんだから。栄光も友人も自負もすべてが。リハビリに将棋打つのを付き合ってくれた格下の棋士たちに敗北し絶望しそれでも付き合いがあって、また対戦して…人間の関係の話がすごくよかったと思います。+勝負の世界に戻るので、弱くて負けたら見向きもされない厳しさとが同時の人生で激しい。

『ダンゴムシに心はあるのか』森山 徹

アスペ(俗語としてのアスペ)の人が書いたのか??? とか思う私のほうがアスペなのかもしれない。深淵を除くものは(ry

 

命題が科学的な手法で決定されていくロジックゲームなので、高校の現代文並みには正しい文章だけど、なんかこう、もひとつ飛躍っていうかワンダーは感じませんでした。命題の設定に、シャレっ気あるならいいんだけど、マジだと、「えっ」っていう断絶のほうを先に感じる。だって「心」なんてセンシティブでマイ領域なとこ話題だし。

 

実験エピソードを読むこと自体は生き物マメ知識で面白かったです。