『苦海浄土』

これめちゃくちゃ面白いぞ。超重そうなんで敬遠して読んだ事無かったのですが、超面白いテクスト。面白すぎる。当然ものすごく重い事実なんだけど、楽しいことも書いてあるよ。喜怒哀楽のすべてがある。

「舟の上はほんによかった。イカ奴は素っ気のうて、揚げるとすぐぷうぷう墨ふきかけよるばってん、あのタコは、タコ奴はほんにもぞかとばい。壺ば揚ぐるでしょうが。足ばちゃんと壺の底に踏んばって上目使うて、いつまでも出てこん。こら、おまや舟にあがったら出ておるもんじゃ、早う出てけえ。出てこんかい、ちゅうてもなかなか出てこん。壺の底をかんかん叩いても駄々こねて。仕方なしに手網の柄で尻をかかえてやると、出たが最後、その逃げ足の早さ早さ。ようも八本足のもつれもせずに良う交してつうつう走りよる。こっちも舟がひっくり返るくらいに追っかけて、やっと籠におさめてまた舟をやりおる。また籠を出てきよって籠の屋根にかしこまって坐っとる。こら、おまやもううち家の舟にあがってからはうち家の者じゃけん、ちゃあんと入っとれちゅうと、よそむくような目つきしてすねてあまえるとじゃけん。わが食う魚にも海のものには煩悩のわく。あのころはほんによかった」

一つの世界の天国と地獄と終焉とその後にやってきた世界が、一人の人間に書かれた稀有な書物。本当に面白い本です。池澤夏樹の文学全集版で、40年に渡る3部作を一冊でまとめて読めたのもあって、長編の面白さを堪能できました。
… 上記の文章は独立したテクストとして超面白いんだけど、語る当事者はすでに水俣病に侵されているベッドの上で一言発するのにもとてつもなく長い時間がかかることを恥じ、苦しみ、発作で中断する呻きから、彼岸から時空を超えて言葉を掬う巫女のような…
…この感想は、テクストとしての面白さについてのメモとして残しておきます。映画のシティオブゴッドもなんだけど、重い実話を元にしてるというということで、読まれる機会が減るのは残念。

2016/9/20追記 煩悩の使い方について。
煩悩は、熊本方言では「他の人間への執着」転じて「思いやり」の意味になる。