カニバリズム小説/『海神丸』野上弥生子

食人が出てくる小説だっていうんで、読みました。私悪趣味。

漂流する船の中で一人が死ぬ。食ったのか、殺したのか、生き残った人の証言しかなくて真実といえるものがない。あまりにも日常からかけ離れていることは、すでにもうドラマで、尚且つ、聞いてる人みんな興味津々なのに口を閉ざさせるテーマであり、語られないこと語られたことのどちらの存在も強く匂う。
ひかりごけがその虚構と真実を深く浅く折り重ねたとても奇妙な構造の小説なのに対して、こっちは一本のストレートなお話に仕立てている小説。
でも、同時収録の、当事者の聞き書きを書いた「海神丸後日談」もあわせると、結局あったのかなかったのかよくわからなくなってくる不思議。このテーマ故なのかなぁ。

あと、飢餓状態の中で、漂流者が思い浮かべるごはんが残酷なまでに美味しそうで、作者の存在感も感じずにはいられない。事件と無関係で、無慈悲に効果的に話を進める存在であっても、登場人物の彼らに異常に深い関心を寄せて共感を感じているからこそなんだろう。作者ってつくづく特殊な人種だと思います。もしくは、特殊な状態にある人。


あと、これといっしょに奨められた小説の野火でも読んでみようかと思います。テーマがセンセーショナルだと、娯楽で読んでしまうけど、ちゃんとした小説になると悪趣味だけじゃ終わらなくてもっと怖いことまで隠して書いてありそうな気がします。小説っていいねー