エヌ氏のこと

エヌ氏は、今勤めている会社で出会った人で、たまに会うと楽しくて、何年も友人だったように思ったし、お互いそのように振舞った人だった。同じ仕事をしたことはなかったが、コミュニティの属性が近いというか、上位互換だったのでふる話には、全て過不足なく返してくれた。
最後に話をしたのは、忘年会で『隣り合わせの灰と青春』が電子書籍になってた、という話。マフラーが品のよいものに変わっていて、新妻の趣味がよいという話。
新婚数ヶ月のエヌ氏は、心臓麻痺でその年の内に亡くなった。

脳溢血で再起不能が2人出た後に続いての知らせだった。自殺だったのかもしれない。なぜこんな会社にいるんだろう、と常々思うほど有能な人だったので、ショックだった。サバイバーズギルトというか、こんなに有能で素晴らしい人を犠牲にして、殺す側に加担して生き残ってしまったという感情が今もある。仕事の絡みはなかったんだけど、それでも。

エヌ氏は、私の考えるオールドスタイルなオタク像が具現化したような高等遊民ぶりで、カメラに詳しい、電車に詳しい、パソコンに詳しい、文学に詳しい、SFも詳しい、そしてそこからのゲームの中でも知的ハードル最高峰の未翻訳のボードゲームに詳しい。これはもう完璧に、崇拝しつつも私がなりきれなかったオタク像そのもの。その趣味を十分に支えるお金稼げる感もポイント激高。語学にしても、トークとコミュ重視なキラキラ系じゃなくて、書籍と知識に裏打ちされてるほうの語学力なのでうらやましかった。
このエヌ氏には、新人歓迎会で「ゲームわかりますよ〜 ドラクエとか子供のとき好きでした〜」「ゲーム好きなの!非電源はやる!?」「そこまで詳しくないんです。」「きみ、コミケに出てるね」と、入社1ヶ月でバレてしまった。
※解説 コミケことコミックマーケットに、売る側として参加するときは、自分が作るものと同じようなグループの近くに自分の売り場を配置してもらうために、申し込みジャンルを記載する。申込書のジャンルコードという表を熟読して自分のコードを調べる。それはもう、ただでさえ低いコミケの当選率に書類不備で落ちたらたまらないため、スミからスミまで読む。「非電源ゲーム」はコミケにでも出てないと、まず出てこない単語なのだ!

そして、元エロゲー会社社員なので、美少女絵も書いて、コミティア(創作の作品売る人のみ参加できる同人誌即売会。売ることよりも、創作活動に力が入っているプロ含む超うまい人間がごろごろいる、コミケとはまた性格の違うイベント。)でオリジナルの美少女の漫画同人誌を売る。一から作り上げる創作同人誌をコミティアに売りに行くっていうのは、アニメやゲームのキャラを元にした二次創作の同人誌より一歩上行く感があるの。

インプットの知識に、創作者としてのアウトプットもあり、大人オタクとしては本当に完璧。子供のときに抱いていた、勉強ができる子どもオタクが、理想的に年とったおじさんってこういうイメージ。
会社が秋葉原至近にあったこともあり、初任給でマンガ描くPC買うときオプションの相談させてもらったり、会社のPC壊れてOS再インストールしたらどうしても動かないのをグラフィックボード増設されてるのを突き止めてドライバ探してくれたり、ありがたい先輩だった。

また、縁が不思議で、当事私はとある格闘ゲームが好きで、シナリオライターが悪い意味でイカれてるのを、ゲームが好きなゆえに茶化して話したら、エヌ氏の大学の知己だった。曰く、某KO大学の某サークルが前身となって某有名エロゲー会社になり、エヌ氏はそこに在社。そして某ライターはその先輩で、そこからの現在(といっても数年前)のエロゲー界隈の人脈を聞いて目からウロコ。
オタク業界は全く高学歴の墓場だぜ!


エヌ氏の絵はピクシブというサイトでまだ見られる。家族も知らないだろう。それに、ツイッターもある。鍵かかってるので、更新されないこともわからない。そして、私はこの二つをどうしてもブックマークから消すことが出来ない。消してしまったらもう二度と探せないことが嫌だ。死んでいることはわかってるから嫌だ。
それでも、いまだに実感がない。
どんなにか私があこがれても得られない素晴らしい能力があって、どんなにか幸せでも、突然死んで何もかも終わってしまう。
ほむらちゃんが好きだったから、劇場版まどマギのDVDはきっと故人宅に届いてしまったんじゃないか。
どうなったのかな。


「ともに時間も場所も、まったくのところどうでもよくなっているのだから。」
仕事 ――葬儀業から見た人間研究――
トーマス・リンチ
http://f59.aaacafe.ne.jp/~walkinon/undertaking.html