『「伝える」ことと「伝わる」こと―中井久夫コレクション』中井久夫

人間についての本質。人間の根源。
すごい面白かった本なので、手元に置こうかなあ。

精神科の医者、各国語を操る文学者として、現実の肉体と精神や空想の領域を自由に横断する視点ならではの、人間を構成する断片についてたくさんの事実と、そこから考察したことを教えてくれる。講演集とか精神病の学会誌に出たような文章で、サラっとすごいこと流していくスタイルで読み飛ばせない…。すごくゆっくり読みました。

(前略 粘土治療について)そして、その間こねている治療者側の作品は、ふつうどんどん変形してゆくが、転移をよく表していることが少なくない。どうしても「サメ」が出来てしまうこともある。
p184

この飛躍よ。これで一文終わって次の話題になるのですが、事実書いてあるだけのところで、受け止めきれずに立ち止まってしまう。

絵画療法の第一人者でして、絵と言語について、妄想が言語と密接な関係があること、絵は否定ができないが、言語にはできる、などの特性から、絵と言語には違う領域があることを示唆し、そして、絵を描かせることの一面として治療者が患者に興味を持ち続けさせてくれる…といった、たくさんの人間のかかわりとして、事象が立ち現れてくる。治療者も超越した存在ではなく関わる人間の一人であり、チック動作が転移するなど身体や精神もまた影響を受けること、またその精神科医を揉んだ指圧師が変な体の壊れ方の影響を受けて崩れること…、精神病医者の晩年は往々にして孤独になりがちなこと…。断定はしないけれど、自分の患者が内臓疾患を患って自分が執刀したときには精神のほうもついでに治っ
た、薬の副作用として現われる硬直などが投薬以前から症状として報告されていること。統合失調症について、回復にも罹病にも段階があることを広めた人でもあって、体がだんだん壊れて行く中で、脳の精神活動というところが最後まで守られてその崩壊を防ぐための機構としての絶望的な抵抗であるとか、身体と心の、そして周囲とのつながりについて秘密を明かしてくれるような文章。

スピリチュアル方向に行かずに、心技体の結びつきについて、そりゃそうだよなあー、と納得できる話。

私にとって、経験則的にボンヤリ心配してることを、どういうことなのか解説してくれる本でもありました。たとえば、診察した医者の精神の不調回復のための読書に、小説よりもドキュメンタリーやノンフィクションを勧めたり、統合失調者に俳句はできてももっと長い連なりはできない何故なら記憶が言語の操作に不可欠であるとか…

ものすごく面白くて、精神の不調と変化について優しく正しそうな知見を得られていいものなんだけど、読解に非常にカロリーを使うので、いざ精神を病んだ当事者になるとこれは読めないだろうなあ…