都内某遊園地

都内某遊園地、フリマやってる日は入場料200円になって、パス買わなくても乗り物全部が現金で乗れるシステムなんでよく行くようになりました。

昔ながらの遊園地です。
メリーゴーランドとカーメリーゴーランド、回転遊具と回転遊具、コースターとコースター、用途が同じ遊具がかぶって計画性というものが感じられないカオスそのものの乱立、その上にメルヘンとかアイドルとか今思いついたようなテーマ要素をかぶせてくる複合でカオス増長。テーマパークという、一つの世界の安心感の安全さがおよそないカオスで、夢の中から出られない焦りのような印象を残す場所です。何度か行ってると、何度も見る悪夢のような馴染みになってきました。

テーマ、意志というもので作られている風景ではなく、現物がもったいないよっていう、いらなくなった物の成り行きとしか思えない転用がカオス増大させてて、コントロールできない夢の中に取り残されたような空間。それこそが遊園地らしさ、浮世離れを感じさせるのですが。
古式ゆかしいアフリカ探検模したライドに+VRでお化け屋敷になってたら、そのライドの中にあったのであろう腰みの土人のマネキンが豆汽車のレール周りにレイアウトされて、去年使ったイルミネーション用張りぼての象やキリンと並んでいる。人間の意志という歴史はなく、古いものが悪夢のように居座って、それをノスタルジアとも言い切れない。ノスタルジアは過去を楽しめるように安全に加工されたもので、こんな崩壊と汚損を表面に出した生生しいものじゃない。古びさせる加工ではなく、単に本当に古い。およそ安全さの無い感覚があります。守られていない。外の世界の金勘定から、経過する年月から、およそ大人がこわいものから。


流れるプールが、冬の間に釣堀になってるの、ロマンあるなあと思います。でも、ただ面白がれるんでは無くて、プールという夏の一瞬にしか立ち入れない空間に、現実の不安と地続きになった寒空の下、広大なプールサイドに釣り人が閑散として釣ってる。このプール釣堀の風景が本当に夢のような不条理感があって、最近遊園地がが火事になったというニュースをきいて、もしもここ火事になって消防車が来たらプールにホースつっこんで、焼き魚が降るんじゃないかとか妄想してました。燃え落ちる中、焼き魚に包まれた遊園地と消防士。20世紀初頭のシュールな詩みたい。


遊園地の火事、崩壊する遊園地のロマンは、源泉がウルトラマングレートだったか、海外製ウルトラマンの作品のどれかで、トカゲが好きないじめられっ子が飼うトカゲである夢の怪物が、夜な夜な夢を食い、男の子が嫌う現実の町を壊し、男の子は元気になっていく。夢の中、遊園地の中でウルトラマンと戦い、男の子は夜の遊園地でパジャマ姿でメリーゴーランドに乗って怪獣を応援し、怪獣に乗って夜の空へ去っていく、みたいなストーリーになってしまってる話があります。本当にこんな話か???たぶんいくつかの話が混ざってる。
あとは高校生になってから見たロボアニメのビッグオーの中でも不思議な一本、子供のときに見た映画の中の女を追う男の話。夜の遊園地に、夢のように巨大なロボットが現れて戦う炎の中、遊園地のシルエットが、電飾が壊れていくいく特撮の詩情。現実をラッピングするように降りしきる雪の閉塞感と炎に包まれて、崩壊する幻想の詩情が美しい一話。閑話休題

現物に引っ張られて、意志が感じられないっていう、悪夢に溺れている時間に近い。この中では当然のように時空もゆがんでいて、親が知るよりはるかに古い物と最新先取りで現実にはならないであろう夢で、今現在が空白になってる場所。現在ではない、という意味では遊園地らしい遊園地です。